「暗い日曜日」

2003年2月2日
『暗い日曜日』【Ein Lied von Liebe und Tod/Gloomy Sunday】 1999年・ドイツ
★ババリアン映画賞最優秀監督賞・最優秀撮影賞受賞
★ドイツ映画賞金賞ノミネート
監督・脚本:ロルフ・シューベル
撮影:エドヴァルド・クオシンスキ
原作:ニック・バルコウ
俳優:エリカ・マロジャーン(イロナ)
   ステファノ・ディオニジ(アンドラーシュ・アラディ)
   ヨアヒム・クロール(ラズロ・サボー)
   ベン・ベッカー(ハンス・ヴィーク)
<ストーリー>
数々の伝説に彩られ、今もなお多くの謎を残す名曲「暗い日曜日」。その曲の誕生に隠された、激しくも切ない愛の物語。
実際にあった出来事に基づいて描かれている・・・・・・・。

時は現代、舞台はブダペスト。町の小さなレストラン、サボーはドイツ大使の80才の誕生祝パーティの予約を受け、準備に大忙しだ。オーナーは落ちつかない様子で大切なお客を待っていた。
やがて中睦まじい、ドイツ大使夫妻が家族と共にレストランに到着した。和やかに会食は進み、メインディッシュが出たところで大使がヴァイオリニストに「あの有名な曲を頼むよ」と。店内に流れ出す、美しい音色・・・・うっとりと聞惚れ、ふとピアノの上の美しい女性の写真に目をやった大使は、心臓発作で急死してしまう。

「やっぱり、あの曲は呪われているんだ」
「愛のために創られた曲なのに死に導くとはなんと皮肉な・・・・・」

店内のざわめきは遠ざかり、場面は遠い過去へさかのぼる。

1930年代末、ブダペストに一軒のレストランがオープンした。レストランを支えるのは、商売上手なオーナー、ラズロと彼の若く麗しい恋人であるウェイトレスのイロナ。
オープンに伴い、二人は若きピアノ弾きアラディ・アンドラーシュを雇った。料理は絶品、彼のピアノは店の常連客にも大評判、美しいイロナ目当ての客も多く、店は大繁盛、バラ色の日々だった。

イロナの誕生日、アラディはプレゼントの代わりに自作の曲“暗い日曜日”を捧げる。聴いた者を虜にする妖しいまでの魅力を放つ美しい旋律のその曲は、イロナの心を魅了するだけには留まらなかった・・・・。

ラズロの力添えでレコード化され世界中で大ヒットを遂げ、曲がうまれたこの店も有名になり大繁盛、だが、レコードを聴きながら自殺するものが百数十人にものぼり、“自殺の聖歌”となっていったのだった・・・・。

苦悩するアラディを支えるのは、別離も三角関係も拒絶し“愛の共有”という不思議な関係で強く結ばれたイロナとラズロだった。イロナは心も体も、二人の愛する男たちのものだった。

だがブダペストも戦争の影が日増しに忍び寄っていた。ユダヤ狩りが始まったのだ。かつて、旅行中にイロナ目当てにレストランを毎晩訪れ、なりゆきからラズロに命を救われ友となった、若きドイツ人青年ハンスが、ナチス将校となって再び彼らの前に現れた。

ラズロは、ユダヤ人だったのだ。

ラズロ、イロナ、アラディ、3人の運命の歯車は時代に翻弄され狂い始める・・・・!


<感想>
私がこの曲を初めて知ったのは、『耳に残るは君の歌声』の中でユダヤ人の主人公が歌った
のを聞いたときだ。なんという美しく哀切な音色なのかと、ハっとした記憶がある。

時代的にも実は正しい。この曲には初めは歌詞はなかった。
映画の中で、アラディが考えた歌詞にイロナが歌詞を足して歌っているが、実際にこの曲に公式に歌詞がつけられて発売されたのは、1936年。ラースロー・ヤーヴォルがフランス語の詞を付け
シャンソン歌手のダミアが歌い、大流行した。その後、世界中の言葉で歌詞がつけられ、現在でも名のある歌手たちによって歌い継がれている。(『耳に残るは君の歌声』も時代がちょうど同じ、しかも、彼女がこの曲を歌った直後、大惨事が起こる・・・。やはり“魔の歌”という通念があるのだ)
余談だが、日本では、淡谷のり子、美輪明宏などシャンソン系の歌手たちの持ち歌である。

イギリスではBCC放送がこの曲を流した後、ブダペストと同様に自殺者が相次ぎ、一時期発禁になったのだが、その後、歌詞なしのオーケストラバージョンのみが許可された。だが、レコードをオートリピートにしたまま亡くなった(自殺ではなかったが)女性がロンドンで発見され、またしてもラジオ放送自粛に。この女性をモデルにしたと思われるシーンが映画にも出てくる。そして、エンド・クレジットの“Gloomy Sunday”が流れ終わった後のレコード針の音がいつまでも印象に残る・・・。

ラストの衝撃は、是非、観て味わっていただきたいので、ネタバレとなる部分の感想については、DVDパッケージの下に。


ドイツ語の原題は【Ein Lied von Liebe und Tod】 英語の題名は【Gloomy Sunday】で、
「暗い日曜日」そのままだが、ドイツ語をそのまま英語に置き換えると、“a song of love and death”つまり、“愛と死の歌”だ。

この曲にはなぜそんな魔力があるのか、ラズロたち3人も頭を抱えるが、ラズロが出した1つの答が
「人間は何故生きるか。尊厳を守るためだ。汚物をかけられ汚されるくらいなら、自ら死を選択したい。そういうメッセージなのかもしれない・・・。」

アラディの複雑な情念が生んだ“愛の歌” その狂おし過ぎた愛の炎が、聴いたものの心までも燃やし尽くして灰にしてしまうのだろうか・・・・。

ユダヤ人は歴史の犠牲者だ。ドイツが戦後、あれほど急激に工業の国として復興をとげたのは、勤勉で質実剛健なドイツ人気質のおかげだけではないのは、もう周知の事実であろう。商売上手で堅実に貯めていたユダヤ人から剥ぎ取った金品や資産があったからこそだ。 ハンスがユダヤ人を逃がすかわりに大金をせしめていたのも、「戦後のため」。 シンドラー氏のようなことを金儲け目的でやっていたハンスのようなナチス将校はけっこういたのではないか?

ハンスという男は、不思議な男だ。明らかに憎らしい悪役でありながら、“悪人”とは言いきれない小市民的な弱さを見出し、
なぜか怒りよりも悲しくなった。もともとユダヤ人に偏見などない、機械いじりと商売で成功する夢に目を輝かせていたハンスも、時代に翻弄された哀れな1人の男だからなのだろう・・・・。

そして、時代が、ハンスの真実を埋もれさせたまま過ぎ去ったことも・・・・・・。

私たちが知っている“事実”“真実”とは何だろう。
紙に書かれた資料? 合成がいくらでもきく写真? 長い時間の後で美化された記憶が語る“証言”?

真実は「実際に起こったこと」のみであり、それがどんな目的だったか、なぜそうなったのかは、永久に謎のまま・・・・・・。
そう、この呪われた愛の曲の謎のように。

それにしても、エリカ・マロジャーンはなんと美しいのだろう。
妖艶にして清楚。なんとも不思議な魅力の持ち主だ。
(HPではここにDVDパッケージの画像)


イロナのお腹の子が誰の子なのか、公式HPのBBSではハンスという声が圧倒的なようだが、監督自身は、考えて(設定して)いないようだ。それでいいだろう。「私たちの子」とアンドラージュの墓の前で話していたのは、ラズロ、イロナ、アンドラージュは3人で1つの運命共同体だから、私たち、なのだと思った。
「洪水のあとに残った」"彼らの命を受け継ぐ者”=息子と、厳しい戦後を生きぬいてきた、老いたイロナの皺だらけの手と白い髪に
深い感動を覚えた・・・。

ハンスが妻の首飾りを掴んで倒れたとき、妻がしていた真珠のネックレス、あれは、ユダヤ人の女性から命の代償として受け取った、あの首飾りのような気がしてならない。そして、倒れる夫よりも、
床に散らばった真珠を慌ててかき集めるハンスの妻の姿が皮肉だ。


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