『あの頃ペニー・レインと』【ALMOST FAMOUS】2000年・米
★ロサンゼルス映画批評家協会賞 : 助演女優賞(フランシス・マクドーマンド)
★ボストン映画批評家協会賞: 作品賞・監督賞・脚本賞
★全米放送映画批評家協会賞: 助演女優賞(フランシス・マクドーマンド)
              脚本賞
★ゴールデン・グローブ賞: ミュージカル/コメディ部門
            作品賞・助演女優賞(ケイト・ハドソン)
監督・脚本・製作 : キャメロン・クロウ
スコア:ナンシー・ウィルソン
テクニカル・コンサルタント:ピーター・フランプトン
俳優:パトリック・フュジット(ウィリアム)
   ケイト・ハドソン(ペニー・レイン)
  フランシス・マクドーマンド(ママ)
  フィリップ・シーモア・ホフマン(レスター・バンクス)
  ズーイー・デシャネル(姉、アニタ)
  ビリー・クラダップ(ラッセル)
  テリー・チェン(ベン)
  ジェイソン・リー(ジェフ)
  アンナ・パキン(ポレクシア)
  ノア・テイラー(ティック)
  フェイルーザ・バーク(サファイア)

<ストーリー>
1973年、15歳のウィリアム・ミラーはサンディエゴで大学教授の母親と暮らしている。4年前、厳格な母親と衝突した姉アニタは、シスコでスチュワーデスになると言って家を出た。
弁護士を目指す学業優秀な少年だったウィリアムだが、姉が残していったロック・ミュージックのアルバムを聞くうちに、ロックの世界にのめり込んでいく。

ウィリアムは伝説的なロック・ライターでクリーム誌の編集長、レスター・バングスに自分が書いた学校新聞の記事を送る。レスターはそれを気に入り、会いに着たウィリアムに仕事をくれる。
「評論家で成功したけりゃ、正直に手厳しく書け」というアドバイスと共に。

取材で楽屋を訪ねるウィリアム。入口にたむろするグルーピーの中に、圧倒的な存在感でひときわ目立つ少女がいた。ペニー・レインと名乗る彼女は、自分たちはロックスターと寝るだけのグルーピーとは違って、音楽を愛してバンドを助けるバンドエイドだと主張する。
彼女の愛らしさとカッコよさにうっとりするウィリアム。しかし、インタビューしなくてはならないバンドが来ても、当然だが相手にしてもらえない。続いてウィリアムが愛するバンド、スティルウォーターが現れる。彼がバンドへの熱い思いを語ると、ギターのラッセルが楽屋に招き入れてくれる。その日から、ウィリアムはスティルウォーターの楽屋に出入り自由となる。

まもなくラッセルとペニー・レインは深い中になるが、ウィリアムのペニー・レインへの淡い恋心も、ラッセルとの友情も変らなかった。

ある日、ローリングストーン誌の編集者、ベンから電話がかかってくる。サンディエゴの新聞記事を読んだという彼は、ウィリアムに原稿を依頼、ウィリアムは大人のフリをして、ブレイク寸前(ALMOST FAMOUS)なスティルウォーターの全国ツアーに同行取材するという話をまとめる。そして、母親に「電話は1日2回、麻薬はダメ!」と念を押され、ウィリアムの取材ツアーが始まった!

ツアー初日から取材しようと張り切るウィリアムだが、仲間として接してくれるラッセルは一緒に楽しむことしか考えず、裏話も書くなと言われてしまう。一方、他のメンバーは、ジャーナリストは敵だという態度を崩さない。

ウィリアムは一人焦っていた。母親からは電話が少ないと厳しく叱られ、ベンからは取材はうまくいってるかとチェックを入れられる。しかし、ウィリアムは刺激的な毎日に驚きの連続で、まともな取材も記事の作成も何一つできないでいた。

様々な事件を経て、ツアーは最終目的地のNYへ。本命の恋人を前にラッセルはペニー・レインを金であっさり仲間に売り飛ばす。ショックから自殺未遂を計るペニーを助けたのはウィリアムだった・・・。

暴露話を書くべきなのか・・・あくまで好意的に褒め上げるに留めるべきなのか。ウィリアムは苦悩の末、“友情のために”、スティルウォーターを絶賛しただけの原稿をベンに渡す。呆れ顔のローリング・ストーン社のスタッフに、最後のチャンスをもらい、
一晩で"バンドの真実”を書き雑誌社は大喜び・・・もつかの間、取材内容をラッセルに電話で確認したスタッフに「でっちあげ記事」と言い捨てられ、ウィリアウムはお払い箱に。

ペニーとも別れ、友情も仕事も失い、絶望に肩を落とすウィリアムを、空港で姉が見つけ、4年ぶりの姉弟が再会した。「どこでもあんたが行きたいとこに連れていってあげるわ。」
落ちこむ弟に優しく声をかける姉アニタにウィリアムは・・・。

<感想>
明らかに偽名とわかるペニー・レインという名の少女。年齢も名前も偽って、ロック・バンドのミューズを気取る彼女の魅力がこの作品の柱になっている。“現実世界”では、居場所がわからない。生きる意味がわからない・・・。強気で「私はそのへんのグルーピーとは違うのよ。バンドメンバーとは寝ないわ。」と背筋を伸ばすペニー・レインだが、あっさりギターのラッセルの女になってしまう。いつも透ける素材の服を着ている彼女の内面も、ウスバカゲロウのように本当は儚いのだ。
そんなペニー・レインの、少女と女を行きつ戻りつする危うさ、
セクシーさ、可憐さを、ケイト・ハドソンが見事に表現している。
意志の強い瞳と、寂しげな口元のギャップが実にいい。

そして、母親役のフランシス・マクドーマンドに圧倒される。
この人は、風貌はこれといってインパクトのある女優さんではないと思うのだが、なにしろ存在感が凄い。『ファーゴ』 で彼女の演技力に惚れたので、この作品は実は彼女がお目当てだった。
エキセントリックなまでに過激に保守的(笑)な大学教授の母親。
父親を早くに亡くした子供たちを、女手一つで必死に育ててきたのだろう。母親の鉄のような信念、思春期の子供を抱える母親ならきっと抱えるであろう不安、子供を守るためなら本当に「何でも」してしまいそうな強さが、ユーモラスに描かれれば描かれるほど、痛々しいほどに伝わる。クロウ監督は、母への深い感謝と尊敬をこめてこの作品を練り上げたらしいが、それがとてもよく伝わってきて、温かい。
ロックにはあまり詳しくない私には、ストーリーよりも、個々の登場人物の描かれかたに好感を持てた作品であった。

主人公ウィリアム役は、映画初出演の初々しいパトリック・フュジット。彼の、生意気さのない、世間ずれしていないあどけなさ、だが甘ちゃんではない、ダイヤのように光る瞳。ショッキングな大人の世界に取り囲まれても、決して自分を見失わなず、冷静に自分を保てる彼はとても好感が持てる。父の記憶がほとんどない彼にとって父のような存在となる伝説のロック・ライター、レスター・バンクスが、ウィリアムを弟子として可愛がる気持ちがわかる。

いつの時代でも、大人でも少年少女でも、皆、“自分だけの何か”
を求めてやまない。その気持ちがわかる人になら、きっとこの映画は心の何処かに響くに違いない。

ロックスターを題材にした映画は、どうしてもドラッグ漬け→破滅
、の路線で描かれがちだが(『ドアーズ』をはじめ多くの作品が、ドラッグと切っても切れない孤独なロッカーを描いている)、
この作品ではあまり退廃的な姿は描かれない。ステレオタイプに描写されていないことで、「嘘っぽい」という指摘もあるようだが、
あくまでもこの作品はライター志望の少年が初めての恋をしたり、大人の世界の汚さにショックを受けるが、真の友情に触れて立ち直ったり、ほろ苦くてちょっと甘酸っぱい青春の入り口をテーマにしたものであり、終始、一定の清潔感を保った映像であったことを
評価したい。

惜しむらくは、肝心の「物を書く」作業、結果としてできてきた「文章」が登場しないので、ウィリアムの「ライターとしての」成長がほとんどわからない。そこにもう一工夫欲しかったように思う。

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